お骨佛の寺・納骨とおせがきの寺 一心寺

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一心寺ニュース

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1年を通じて最も日脚が短く、師も走り出す12月です。

第14期お骨佛様が造立・開眼されました 2017年7月2日
 嘉永4年から納骨された5万体のお骨で、明治20年に初めて造立されたお骨佛。以来10年毎に造像され、第14期目を迎えます。平成19年から28年までに納められた22万体の諸霊が阿弥陀如来のお姿に練りこまれ、「お骨佛」として生まれ変わりました。
   新お骨佛は、6月1日から30日まで「境内出開帳」として本堂正面にお祀りした後、7月1日に納骨堂へ遷座・奉安いたしました。第14期お骨佛様は写真向かって左側です。宜しくご参詣ください。

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スタンプラリーで歴史散策 2017年11月8日
大坂の陣ゆかりの地を巡るスタンプラリー。
まず、茶臼山ゲートを出てすぐの『一心寺存牟堂』。「大坂夏の陣図屏風 複製陶板」の展示や「大坂夏の陣 解説アニメ」を随時上映しています。谷町筋を南『堀越神社』へ。境内に茶臼山稲荷が祀られています。最近パワースポットとして注目されています(?)谷町筋を横断して『四天王寺庚申堂』へ。真田十勇士の一人で真田幸村の影武者「穴山小助」戦死の地です。さらに北へ200メートル程進み、『四天王寺』へ。大坂夏の陣では本多忠朝隊と毛利勝永隊が戦いました。広い境内の中央、丸池の向かいの「和労堂」にスタンプポイントがあります。西門の外側にある「石の鳥居」を出て直進。『安居神社』へ向かいます。真田幸村戦死の地とされている場所。緑に囲まれてゆっくりと時が流れています。そして『一心寺』。北門をくぐり、徳川家康が危うく一命をとりとめたエピソードの残る「霧降りの松」を左手に見ながら石段を上がって境内へ。山門左手「お茶所」がスタンプポイントです。
 最後に両軍が陣を置いた茶臼山に登り、「茶臼山山頂碑」をご確認ください。約1時間程で回れます。


大坂夏の陣図屏風 2017年11月8日
大坂夏の陣歴史散策のスポット「一心寺存牟堂」。お堂に入って最も目を引くのが、「大坂夏の陣図屏風」を複製した陶板です。これは、大阪城天守閣に所蔵されている重要文化財の屏風図を拡大し、陶板に焼いたものです。タテ2メートル、ヨコ4.5メートル。この屏風図にはたくさんの戦国武将が描かれていますが、注目すべきは、NHK大河ドラマで大ブームとなった真田幸村でしょう。丁度中央部分に描かれており、まず幸村カラーの赤色が目に飛び込んできます。よく観察してみると、群衆の中に、黒塗り大鹿角兜をかぶり、金の采配を振るっている幸村の姿を発見できます。そのほか、徳川家康、伊達政宗、本多忠朝など12名の武将の部隊がぞれぞれ特徴的に描かれています。 大坂城や四天王寺石の鳥居など、現存の建物の描写も見どころの一つ。大坂夏の陣の臨場感溢れる合戦の様子をぜひ間近でご覧ください。さわることも出来ます。圧倒されること間違いなしです!


「茶臼山山頂碑」 2017年11月11日
 茶臼山。1614年(慶長19年)大坂冬の陣では、徳川家康の本陣となり、翌1615年(慶長20年)夏の陣には、真田幸村勢の本陣として、茶臼山の戦い(天王寺口の戦い)が繰り広げられました。
 その山頂に「茶臼山山頂碑」ができました。山頂へは、茶臼山ゲートを入って右手にある「大坂の陣茶臼山史跡碑」左横の階段を上がるとすぐ。標高はわずか26メートルです。小山の頂きからはハルカスや、麓の河底池、赤い欄干の和気橋(わけばし)も見えます。現在は高層ビルが立ち並び、遠くまでは眺めることができませんが、大きな建物がなかった時代、この山頂から大坂城までよく見渡せたでしょう。徳川家康や真田幸村がこの地に本陣を置いたことも納得です。
 これらの景色と共に、歴史散策をお楽しみください。

慈泉処
慈泉処だより 2017年12月3日

11月23日(木) 晴 利用者 41人

 今日は勤労感謝の日。珍しく祝日に開処となりました。多くの医療機関が日・祝日に休診なので、慈泉処も祝日の場合は医療相談を行っていません。幸いといいますか、相談を受ける人は、シャワーの利用者の数パーセントと割合的には少数派です。しかし、中には今日看てもらわないと困る、というケースがあるかと思います。高熱が出た!と思ったら今日は日曜日・・というのは、どなたにも経験があると思います。休日・夜間診療を行っている病院さんもありますが、あいにく慈泉処では対応ができないというのが現状です。何らかの相談先を情報提供するのも慈泉処の役割かも?と業務について考える日となりました。(武田)

11月30日(木) 曇り 利用者 30人

 常連の方が中心の慈泉処ですが、1カ月に一人は新しい利用者が来ます。顔を見たことのない人だなと思い、「初めて来られましたか?」と声を掛けると、たいてい「初めてきました」と返事が返ってきます。中には、昔一回来たけど久しぶりに来たという人もいます。慈泉処の場所と開処日を覚えていて、なおかつ足を運ぼうというのは、勘ぐりかも知れませんが、何か思いがあっての事だと思います。毎週であろうと、年に一回であろうと、思い出したときであろうと、足を運んでみようと思ってもらえることはうれしいことです。(武田)
安達先生

今回の講師・安達俊英師

次回の日曜学校は12月24日です。
2017年12月3日
<講師紹介>
講師は圓通寺住職・浄土宗学研究所の安達俊英師、タイトルは「お施餓鬼」です。

<法話内容>
 「お施餓鬼」とは正式には「施餓鬼会(せがきえ)」と申します。昨年お話しした「お盆」の法要は、実質的にはこの施餓鬼会と合体した形で行われます。施餓鬼会とは何か、なぜお寺で行われる施餓鬼会は外向きでするのか、お盆と合体した理由は何かなどについて、お話しさせていただきます。

<講師略歴>
昭和32年、天王寺区生まれ。大阪大学および同大学院でインド哲学の研究に従事。30歳の時、知恩院浄土宗学研究所助手になったのをきっかけに法然上人の研究を始める。38歳で佛教大学専任講師。准教授となった後、平成21年3月に大学を退職。趣味はクラシック音楽と文楽。

 


今期の日曜学校のスケジュールについては、こちらをご覧ください
 
今回のゲスト

ゲストの「独楽(こま)」さん

今回のゲスト
 ゲストは、「和楽器演奏集団 独楽(こま)」さんによる音楽演奏です。2001年関西を拠点として結成。和太鼓だけではなく、津軽三味線・琴・尺八・篠笛・唄などを加え、独自の世界観を造り上げてきました。2002年に旗揚げ公演を成功させ その後 全国ツアーを展開。2005年からはサウジアラビア、アルジェリア、エチオピア、中国、フランスなどへの海外進出も果たしました。どこか懐かしい、土の匂いがするようなあたたかさを「独楽」の舞台で感じて頂けたらと願っております。乞うご期待!
前回の講師

講話の様子

前回の講師
 講師は、一心寺執事・平田秀瑞師、タイトルは「鎌倉仏教~真の意味での民衆の仏教へ~」でした。国家仏教として取り入れられ、やがて人々の救いとして広がった日本仏教。そのひとつのクライマックスが法然上人を嚆矢とする鎌倉仏教でした。禅や浄土など、各宗として展開した鎌倉仏教を、その宗祖と教えに沿ってコンパクトに紹介いただきました。「作家の五木博之さんの講演を引用され、わかりやすい言葉で仏教の移り変わりを伝えて下さった」(生徒アンケートより)
今回のゲスト

パフォーマンスの様子

前回のゲスト
 ゲストは、ゲストは鈴木宣隆さん率いる人形劇団「夢知遊座」でした。古典落語「死神」を人形劇で再現した舞台。落語にはない、そして人形劇にもない新鮮さを感じました。落語では噺家さんの話術が物語の舞台をイメージさせるわけですが、人形劇と合体することで、視覚的に舞台設定が仕組まれ、その世界により入り込みやすくなっていました。また、人形繰りは同時に噺家さんとして表情豊かに物語を展開、人形だけが主役ではない面白みがありました。「人形がまるで魂が入った人間のように見えて面白かったです」(生徒アンケートより)

「和顔愛語」

「一心寺の法話」
時々、参詣の方々から「一心寺ではお説教はしていないのですか?」という質問を受けます。一心寺では、「日曜学校」(6月~3月まで原則毎月第四日曜日)にお説教の時間を設けています。仏教に関する身近な疑問から学問的な内容まで、様々な講師によるユニークなお話です。日曜学校は一回受講も可能ですので、興味のある方は一度お越しください。過去のお説教を収録した法話集『和顔愛語』(平成12年度~)もございます。(問い合わせ:三千佛堂06-6774-2500)